国立研究開発法人 森林研究・整備機構 森林総合研究所
REDDプラス・海外森林防災研究開発センター

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令和6年度国際セミナー(概要報告)

2025年2月5日(水)に、令和6年度国際セミナー「自然を活用した解決策としての森林管理:森林の防災・減災機能の発揮に向けて」を開催いたしました。本セミナーは、令和6年度林野庁補助事業「森林技術国際展開支援事業」の一環として、日本の国土強靭化に関する知見の途上国への適用について、今後の課題と可能性を議論することを目的にしています。

プログラム
開会挨拶
浅野(中静)透 (森林総合研究所 所長)
来賓挨拶
長崎屋圭太(林野庁)
セッション1  基調講演
Prof. Juan M. Pulhin (フィリピン大学ロスバニョス校)
「Harnessing Forests for Resilience: Nature-Based Solutions for Disaster Risk Reduction and Development」
発表資料
セッション2  F-DRRに配慮した森林(土地利用)管理の重要性
平田泰雅 (森林総合研究所)
「F-DRR機能発揮のための森林管理」
発表資料
Manzul Kumar Hazarika (アジア工科大学)
「RiskChanges: A Cloud-based Open Source Platform for Multi-hazard Risk Assessment」
発表資料
セッション3  F-DRRへの現地コミュニティ参画の課題
瀧永佐知子 (アジア航測株式会社)
「F-DRRへの現地コミュニティ参画の課題」
発表資料
Hà Văn Tiệp (ベトナム森林科学アカデミー 北西ベトナム森林科学センター)
「Local Efforts in Natural Disaster Risk Reduction through Sustainable Community Forest Management in Vietnam」
発表資料
パネルディスカッション
パネリスト:基調講演者、セッション登壇者
モデレーター:藤間 剛(森林総合研究所)
閉会挨拶
玉井幸治(森林総合研究所)
開会セッション

主催者挨拶として森林総合研究所の浅野透所長は、世界各地で豪雨の強度・頻度の増加、斜面災害の大規模化のリスクが高まっていることに触れ、日本の森林整備と補助的な施設を組み合わせる治山技術には、”Well-being” を含む、森林の多面的機能を期待できるとして、近年、自然に根ざした社会問題の解決(Nature basedSolution、NbS)の観点から国際的にも大きな注目を浴びていると述べた。その上で、特に日本の民間企業の技術力を途上国の森林を用いた防災・減災(F-DRR)に活用するための課題と可能性を示すことのできるセミナーとしたいと期待を示した。

来賓挨拶として林野庁の長﨑屋圭太森林整備部長は、昨年、台風や線状降水帯の発生により局地的な大雨が発生し、能登での豪雨災害や東アジア・東南アジアでの洪水、地滑りなど甚大な被害が生じたことに言及し、特に森林は温室効果ガスの吸収による「緩和」だけでなく、防災・減災といった「適応」にも貢献する点で注目されているとの認識を示した。また、本セミナーには、防災・減災を考慮した森林・土地利用計画の重要性や、途上国における現地コミュニティの参画に関する課題に焦点を当てた議論の深化を期待し、参加者の今後の海外展開の検討に資する有益な情報提供となることを祈念した。

セッション1:基調講演

◯「森林を活用したレジリエンス (強靭性):NbS による災害リスク削減と開発」 ジュアン・M・プルヒン(フィリピン大学ロスバニョス校 )

森林は、地域の持続可能な開発、気候変動への適応、災害リスクの軽減(DRR)において重要な役割を果たす自然に基づく解決策(NbS)の基盤であり、洪水や地滑りなどの災害を軽減する生態系サービスを通じて、地域社会の回復力を高めることが可能である。そこで、パリ協定や仙台防災枠組、持続可能な開発目標(SDGs)などの国際的枠組みの中で、森林の価値がどのように評価されているのかという世界的トレンドを押さえた上で、フィリピンにおける災害リスクの現状と、それらに対するアセスメント及びNbS を活用した対策について実例を踏まえて紹介した。

森林は、多面的な生態系サービスを提供し、これには食料や燃料供給といった「供給サービス」、洪水や土壌侵食などを防ぐ「調整サービス」、文化的価値を提供する「文化的サービス」、そして生物多様性など多様な機能を維持する「基盤サービス」が含まれる。中国の長江上流域では森林による洪水被害の削減により年間10億ドル、フィリピンでは年間4.5億ドル相当の価値を創出していると評価されている。また、森林は世界の陸上生物多様性の80%を支え、16億人がその生計を森林に依存している。森林は、特に災害リスク軽減において重要な役割を果たしている。生態系を活用した防災・減災(Eco-DRR)の観点から、生態系の持続可能な管理、保全、復元を行うことによる生態系サービスの維持の重要性が注目されており、多様な国際的枠組みの中で議論が進められている。

フィリピンでは、気候変動及びそれらに関連する災害リスクが特に深刻であるが、森林再生プログラムやマングローブ回復プロジェクトとして以下のような成功事例が挙げられる。「フィリピン国家緑化計画(NGP)」では、2011年以来、伐採された森林地帯や沿岸地域など、さまざまな種類の荒廃地に17億本の苗木を植え、200 万ヘクタール以上を再植林してきた。この取り組みは雇用創出、水質改善、洪水リスク削減、生態系回復など多くの成果をもたらしている。また、「科学的根拠に基づくマングローブおよび海岸林開発プログラム」では、ハイヤン台風による被害地域のうち9つの地域を対象に実施され、データ収集やモニタリング、現金報酬制度の実施などの重要性が確認された。

さらに、コミュニティ参加とガバナンス強化も重要である。フィリピンで実施された脆弱性・リスク評価(VRA)プロジェクトでは、気候変動への適応やジェンダー平等、生物多様性保全を目指したNbS のオプションを提案するために包括的な評価が行2われた。このような取り組みは地域住民の意識向上や高いレジリエンスを持った生計手段の確保にも寄与している。

このような森林を基盤としたNbS の拡大による成果を持続的に確保していくためには、継続的な資金調達、良好なガバナンス、受益者を含む関係セクターの能力開発、地域コミュニティの維持が必要である。森林は単なる資源ではなく、人類の盟友であり、その潜在力を活用することで持続可能で強靭な未来を築くことができる。

セッション2:F-DRR に配慮した森林(土地利用)管理の重要性

◯「F-DRR 機能発揮のための森林管理」 平田泰雅(森林総合研究所)

近年、気候変動による気象災害の規模が拡大し、特に開発途上国では森林開発や沿岸域の改変による防災機能の低下が深刻な問題となっている。森林は災害リスク軽減に重要な役割を果たすが、その効果を最大限に引き出すには適切な土地利用配置と森林管理が必要である。

山地災害対策では、ベトナムで実施したゾーニングによる森林管理の事例が挙げられる。特別保護林、保護林、生産林に区分された地域では、それぞれの森林状態に応じた管理が行われている。特別保護林は良好な森林状態を維持し、防災機能が高い。一方、保護林は幼齢林が多く、造林施策や治山施設の導入が必要である。生産林では斜面崩壊リスクの高い区域への対策が求められる。これらの管理方針は、リモートセンシング技術を活用した優先的に対策すべき区域の特定と、地域住民の意見の取り入れを合わせて進める必要がある。

また、高潮被害軽減にはマングローブ林の役割が注目されている。マングローブは波力を減衰させる「渦粘性効果」により沿岸地域の被害を軽減する機能を持つ。ただし、その機能は林帯幅や樹種選択などに依存するため、適切な植林計画が不可欠である。また、グリーンインフラとしてのマングローブと堤防などのグレーインフラを組み合わせることで、効率的な防災対策が可能となる。

REDD プラス・海外森林防災研究開発センターでは、こうした研究の成果を基に「森林を活用した防災・減災のためのCookbook」や「マングローブ保全・再生の手引き」といった技術解説書を発行している。

◯「リスクチェンジス:マルチハザードリスク評価のための クラウド型オープンソースプラットフォーム」 マンズル・クマル・ハザリカ(アジア工科大学 )

複数の自然災害がもたらすリスクを、その相互作用や連鎖的影響を考慮しながら包括的に評価する手法であるマルチハザードリスク評価(MHRA)は、 気候変動により災害の頻度や強度が増す中、そのリスクの理解と軽減策の策定において重要性を増している。クラウドベースでオープンソース3のプラットフォームである「RiskChanges」は、地域レベルでのリスク評価と管理の選定を支援する効果が期待される。

「RiskChanges」は、複数の自然災害を対象にリスクを分析し、各建築物やインフラなどのリスク要素に及ぼす影響を評価する。また、様々なリスク軽減策の費用便益分析を可能にし、ユーザー間でデータを共有できる特徴を持つ。このプラットフォームは、空間データを活用した意思決定支援ツールとして設計されており、例として、洪水、土砂流、地すべりといった具体的なケーススタディが示された。それぞれのケースにおいて、ハザードマップ、暴露マップ、リスクマップを用いて災害の範囲と影響が視覚化され、工学的対策、自然を利用した解決策、移転などが比較検討された。

セッション3:F-DRR への現地コミュニティ参画の課題

◯「F-DRR への現地コミュニティ参画の課題」 瀧永 佐知子(アジア航測株式会社)

本調査では、山地防災における治山技術の議論に加え、現地コミュニティの関与が重要であることを確認した。途上国では森林資源に依存する住民の行動が森林減少や災害リスクに直結すること、及び、住民自身がプロジェクト終了後の重要な担い手になることから、住民の理解と参画が不可欠である。

調査では、F-DRR プロジェクトの事例を分析し、住民関与の促進策として①生計向上支援、②計画段階での住民参加、③活動の意義の理解促進、④地域人材の活用などが効果的と判明した。背景として、それぞれ、植林活動やF-DRR 活動そのものは住民にとって直接的なインセンティブとなりにくいこと、行政主体の一方的な決定では住民の関心が希薄になること、活動の持続には住民が森林や環境を財産・資源と認識することが重要であること、地域の実態や住民の考えを理解する人材を参画させ、円滑なコミュニケーションを通じて知見や経験を地域に残すことが必要であることが挙げられる。

さらに、今後のプロジェクト実施における課題は、(1)住民の主体性の醸成; 住民の日々の生活と森林の関わりをプロジェクト実施者が良く理解し、住民に伝えること、(2)属性に応じた適切な説明; 森林の依存度や生活基盤、現地の状況、社会環境を考慮すること、(3)住民視点での価値の提示; 住民にとってより身近で優先度が高いものとの関連で説明すること、(4)森林の多面的機能の活用; プロジェクトに多様な効果、意義を持たせること、という点である。

最後に、日本の治山技術の海外展開には、現地組織の受け皿の確保、日本の治山技術の再整理、他セクターとの政策連携が重要である。治山技術の受け皿となる組織体制の構築や技術者の育成は、現場の森林官だけでなく、組織のトップや政策決定者も共に取り組むべき課題である。また、現場の視点から政策や規制に課題を反映させるボトムアップの仕組みが、問題解決に重要となる。

◯「ベトナムにおける持続可能なコミュニティ森林管理を通じた地域レベルの自然災害リスク軽減の取り組み」 ハー・ファン・ティエプ(ベトナム森林科学アカデミー 北⻄ベトナム森林科学センター所長)

ベトナムは、洪水、鉄砲水、地滑りなど、さまざまな自然災害に非常に脆弱である。山間部には森林の近くに住み、森林と経済的、文化的に深く関わっているコミュニティが多く存在する。このようにコミュニティが所有するコミュニティ林は、森林面積全体5の8.2%を占めており、ベトナム政府は2017 年発令の林業法で認めている。しかしながらコミュニティ林は外部の違法伐採や山火事により荒廃が進んでおり、十分な防災機能が発揮されていない。したがって、今回、コミュニティ林を持続的に管理・再生する上での課題を抽出するため、北西部の村落にて住民への聞き取り調査を行った。調査によると、地域住民はコミュニティ林から、自家用の薪や建材、非木材林産物を収穫していることが分かった(販売は不可でいずれも収穫にはコミュニティの許可が必要)。また、周辺の企業から良質な森林を管理することでPFES(森林環境サービスに対する支払い)を得ていることも分かった。ただし、その額は20-25 米ドル/ha/年と少額であった。山火事や違法伐採を防ぐためのパトロールも行われていた。森林の防災機能は多くの住民が強く認識していたが、そのための対策は貧困が著しく行う余裕がないことも分かった。

今後の課題として、自然災害が大きい箇所での地滑り防止策などを政府や外部支援を通じて行うことが考えられる。また、森林管理と生計向上が結びついた住民の支援が必要であり、アグロフォレストリーや、PFES の制度を広げ森林の炭素固定能力に基づく支払いなどが考えられる。それらを促進するためには技術支援や人材育成も重要である。

パネルディスカッション「森林による防災・減災技術の国際展開」

日本の治山技術を途上国に適用する際に明らかになった課題や潜在的な解決策について意見交換を行った。